Archive for 11 月, 2007

Sharkは僕のデビューアルバムのオープニングを飾る曲。 もちろんとても大事な曲です。

書き始めたのは確か2002年か2003年だったと思います。僕はたいていコード進行とかリフとか、音楽の方から作り始めるんですが、この曲の音楽は比較的短時間で、パッとできたと思います。 そして、できた瞬間、これはアルバムオープニング用だな、と確信しました。

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MySpaceの洋楽のコミュで、「ちょっぴりマイナーだけどいい」という言い回しのトピックがありました。

「マイナーだけど」というところに日本の文化が如実に出ていると思い、思わずちょっと苦笑い。

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確か大学時代かその直後だったと思いますが、母が学生時代かなんかの先輩で、実は著名な作曲家の方がいるそうで、僕の曲の入ったCDを持ってお会いにいったんです。 で、先生はもちろん超多忙な方でお会いできなかったそうですが、同様に音楽家である奥様が聴いてくれて、「素直で良いお子様をお持ちね」とかなんとか言ってくれたらしいです。

性格ってのは曲に表れるものなようです。 どういう叙情性や感情のあるものに惹かれるか、というところがそうなんでしょうか。 要するに作曲というのは自分でいいと思える曲をつくることなんですが、それがいいと思うこと自体非常に主観的な判断ですから、もろに性格が出てしまうんだと思います。

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英語には生きがいという言葉がありません。 それに近い言葉で、例えば”my calling”というと「招命感」とでもいいましょうか、要するに宗教的な観点から、「神様にもらった使命」とでもいうような感じ–でも宗教信仰してない人でも使ってます。 要するに語源が宗教的な考えから来ているだけで、別に神様を信じているということを示すことではないわけです–でやっていることのことを指します。 でも生きがいとはちょっとニュアンスが違う。

音楽を趣味でやってらっしゃる方はたくさんいますし、素晴らしいことです。 でも中には音楽なしでないと生きてられない人もいます。 音楽を聴けない生活するくらいなら死んだ方がまし、という人、いるでしょう。 我々ミュージシャンは音楽やらないと生きていけない人種なんです。

だから楽しいからやってるとかというのとはかなり違います。 いや、楽しくないことはないんですけど、でも例えば生きるためには食べなければいけないように、我々は音楽創ってないと生きられない。 売れるからとか売れないとか、他の人がいいというからとか、そんな外部からの理由付けは最終的にはあんまり関係ないんですね。

正直な話、こんな大変なことやめちゃって、もっとおもしろおかしく生きられればいいのに、と思うことが頻繁にあります。 こんなに苦労して最終的には自己満足を追求してるわけですから、他で自己満足なんてつくればいいのに、と。 夢というのは格好よく聞こえますが重荷でもあります。 その重さにつぶされるくらいだったら放り出した方がいいときもあります。

でも夢がない、生きがいがなくて困っている人もたくさんいるわけですから、それでもやっぱり生きがいを見つけた自分は実は幸福なんだというところに最終的にはいきつくんですね。 特に日本は夢や生きがいを追求する以前に、見つけるのが難しい文化だな、と帰る度に思います。楽しいっていう感情とは別の次元で、もっと深いところでそれこそ生きる甲斐のある人生。

はっきりいって死にものぐるいで、痛さや重さに負けそうになりながら、それでも歯を食いしばって半歩ずつ前進していく。 僕の音楽ってそういうものです。 目標も夢もあるんですけど、そこへいくつく過程をどう生きるかということの方が実は大事なようです。 気負いすぎることも多いんで適度に息抜きもしなくてはいけないんですが、でもやっていること、伝えたいこと、それはエンターテインメントではありません。

僕が生きている証のようなものですね。

ロスにある日系楽器メーカー、ProSound Communications Inc. (PCI)のホームページで、この度連載コラムを書かせて頂くことになりました。 PCIはギターの機材で通の間では名高いXoticブランドの親会社で、僕もかねてよりトモ藤田氏やヒロ鈴木氏の連載を楽しみに読んできました。 そんな方々と名前を連ねて連載するのはとても光栄です。

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GoogleにAries9.comがちゃんと登録されているかどうか確認していたら、全く見知らぬ方のブログにAries9が紹介されていることを発見。

基本的にはMySpace Japanにのっているバイオを転載しただけ(残念ながら名前の発音が間違ってますが)なんですが、最後のところにご本人のコメントが。

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情報過多の現在、他との競争に勝つためには刺激を強くしなければいけません。 過激な暴力、どぎつい性描写、極端な性格。

でもこれってすぐ疲れてしまいますよね。 どんなに強い刺激でもそればかりだと強く感じなくなってしまいます。 その状態になった人間はもっと強い刺激を求めるか、それとも逆方向にいって静寂を求めるか。

グーグルの成功の秘訣はここにあるんではないかと僕は思うんですね。 ヤフーと比べてあまりにもシンプルで、奥は深いんだけど一度にそれを主張しない。

年がら年中叫んでいるより、ずっと黙っていて最後にポツリとつぶやいた方が聞いてもらえることがある。

今の時代の課題ってこんなところにあるんではないかと思ってしまいます。