Archive for 10 月, 2007

アルバムを出す時にまず迷ったのが、何名義で出すか、ということ。

当初はシンプルにAri Koinumaとか、 Koinumaはアメリカではわかりにくいので Ari K. とかと思っていました。

でもFoo Fightersのように最初はソロプロジェクトでもバンドに発展するという可能性を否定したくはなかったんです。 のでプロジェクト名を設けることに。

で、長いことak9にしようと思っていたんですが、同名のラッパーがいることが判明、断念。 何か僕の名前に近いもので、9を最後にくっつけて語呂会いがいい名前、と考えているうちに
ariel9とaries9が浮かび上がってきました。 Arielは男女どちらにも使える名前ですが、基本的には女性的な名前です。 ロックと女の子の名前は実は深い付き合いがありまして(笑)Alice in Chainsなんかその最たるものですが、しかし自分の名前がArielだと予想されるのはうっとうしいと思ったので後者にすることに。

Ariesとはもちろん山羊座のことですが、僕は実は蠍座生まれなんですね。 でも実は僕は昔から星座とかそれにまつわる神話、天文学なんかにも興味があり、漆黒の夜空に光る星、というイメージは神秘的なものがありますし、星座にちなんだプロジェクト名にすることが魅力的に感じたのです。 なので僕は山羊座ではないんですが強行することにしました。 (笑)

が、前にも書きましたが実は日本語と英語ではこの単語の発音が全然違うことが判明。 もうCD製造した後だったんですが、やろうと思えばまだ変えることは可能···というか、活動途上でバンド名を変えなくてはいけないことってありますからね。 でも英語の正しい発音–エァリース–もカタカナで書くとなんか軽薄に見えますけどちゃんと英語で言うと悪くないという気がしてきたので当面はそのままにすることにしました。 正し日本語ではアリエスナインということにします。

本当に気に入る音楽って見つけにくいですけど、でも探せばまだまだいますね。 今年になってから発見したアーティストは、

In Flames
スウェーデンのメロディックデスメタルの老舗。 メタル系ってアルバム通して聴くと疲れてしまうアーティスト多いですけど、彼らはもう完全に別格。 徹底的に重いのにシャウトとメロディックな部分のコントラストが絶妙! もう惚れ惚れとして聴いてます。

Porcupine Tree
イギリスのプログ·ロックの重鎮。 サイケデリックで透明感あふれる多彩なサウンドと、アルバムを通して語られる壮大なテーマ。 今の僕の音楽性に一番近いかも。 将来もう影響されまくりになるのが心配。

Dream Theater
どこに行ってたの– と言われそうですね。 もう20年もやってるプログ·メタルの大御所。 最新アルバムはいまいちなんですけど、その前の3枚は立て続けにすごいですね。 彼らみたいな演奏技術があったら何でも弾けちゃうので楽しいだろうな、と考えてますがあそこにたどり着くまでいったい何万時間練習したんだろう、と考えると末恐ろしいいですね。

The Mars Volta
昨日見つけたんですけど、もう圧倒されました。 開いた口が塞がらない。 アルバム創る前にこんな音楽聴かされてたらもう創ってなかったですね。 上には上がいるもんです。 本当に。 彼らももう長年やってるベテランなんですけど、しかしこの複雑な楽曲とエネルギーはもうすごいです。 こんな音楽やれたらもう最高だろうな、と思わされる、僕にとって一種の理想ともいえる音楽ですね。

とこう書いてみると、僕はどうもデビューしたてのバンドにはまるということはほとんどないみたいです。 何年かやってよく熟れてから。 僕が自分のアルバム創るときも、やっぱりデビューアルバムなのであえてシンプルで、最初でも表現しきれるだろうと見込んだ曲を選びましたけど、自分この後どう成長していくのかとても楽しみです。

アメリカに住んでもう15年にもなるというのに、またおかしな間違いを。

ご存知の通りこのプロジェクト名はAries9なんですが–どういう経緯でそうなったかはまたの機会に–今日ふと発音を勘違いしていることに。 僕は英語ではAriで通っているのでその延長をと考えていたんですが、Ariesは実はアリエスでなくてエァリーズと発音するんですね。

あー恥ずかし。 まだ自分のバンド名を人前で話す機会がなかったのが救いですね。 でもアリエスってなんか巨大ロボットとかロールプレイングゲームの主人公のような名前だと思って響きがとても気に入っていたんですけど、エァリーズはなんかファミレスのような名前ですね。

どうしよう。 もうCDはすっちゃったしドメイン名も確保してしまいましたけど、まだトレードマークとかはとってないからやろうと思えば変えられるんですよね。 最初のCD100枚しかプリントしなかったし。

あーあほくさ。 名前を決める時点で人に相談してればこういう事態にはならなかったのに。 おっちょこちょいなんですよね、昔から。 (苦笑)

アルバムリリースももう目前なんですが、今プロモーションのため様々なリサーチをしています。

その難関の一つがやはり自分の音楽をどう形容するかということ。

もはやロックとかそんな大雑把な言い回しでは通用しないわけなんで、やはり最近はやっているのは他の大物アーティストと比較することなんですね。

僕のルーツは90年代のアメリカにあるのでその時期の大物バンドとはみな比較できますし、共通点もありますけど、連中みたいな音かというとそうでない。 ニルヴァーナにしてもスマッシングパンプキンスにしても同時期ですけど全然音違いますしね。

今年になって発見したイギリスのPorcupine Treeが今実は音楽性が一番近いんじゃないかということについ最近気付いたんですけど、でもやはり同じではないですね。 彼らの方が洗練されていてサイケデリック。 ヘビーな部分も荒々しくはない。

Radioheadのセカンドアルバム”Bends”も非常に近いと思います。 僕のアルバムの最初の2曲のハードロック、ヘビーメタル要素を除けばほぼバッチリかな– でもRadioheadがその後大化けしてしまったし、連中に影響を受けているというのは本当に最近決まり文句なのでもはや使い古されてしまった感じです。

自分の音楽の居場所は彼らに近いところにあることに間違いないんですけど、でも近くとはいえまだ誰もいない空間に浮いているような感じですね。 独創性を追求するということは自分を孤独にすることだということは前から知っていたんですけど、それに成功して嬉しいのか悲しいのかそれはわからない。 パッと簡単に自分をくっつけることができる先輩たちがいないので、しばらく一人でじっと待ってるほか手はなさそうですね。

男の一員として言いたいことがあります。

ゴメンナサイ。

世界には男か女かしかいないのに、違いもこれだけ長いことやってればわかるはずなのに、命を育んで産むという大変で大事な役割を果たしてもらってるのに、なんで歴史は男尊女卑で覆われているんだろうと思います。 世界中そうです。

男って本当に弱いんだな、と考えてしまいます。 こんな風に自分たちだけ都合のいい体制作っておくなんて本当に自信がない証拠です。

なんで今こんなこと書いてるかって– いや、自称フェミニストの母に育てられた–たぶん男の子3人だったことへの恨みつらみもあったんでしょうけど–ことが一番大きいんだと思いますけど、とにかく今のきっかけは妻が図書館から借りて来た”Kickboxing Geisha”という本。 黒人ニューヨーカーの女性が書いた今起こりつつある日本での女性に関する社会的改革の話です。

日本は先進国なくせに女性の社会進出に関しては全く後進国なのは別に秘密でもなんでもありませんよね。 最近韓国人の男性と話す機会があったんですが、日本人の女性は男にとって理想的な妻であるという説を聞くが本当か、と聞かれました。 ちょっと呆れて返事に困ったんですが、確かにでも日本人は–女性でなくても–”Submissive”–従順的–なので、夫にとっては住み心地のいい妻に見えるんでしょう。 教養はあるので馬鹿ではないし。

日本人としての美徳は完全になくしてはいけないと思いますけど、でも日本でも女性が自分の可能性を最大限追求する生き方を追求できるようにならないといけませんよね。 その点アメリカはかなり進んでますけど、でもまだまだ改善できてないところも多いです。 ヨーロッパの一部なんかはもっと進んでいると聞きます。 要するに結婚すること、子供を産むこと、子供を育てることと社会的な貢献を両立させられる仕組みを社会全体が確立すればいいんです。 そんな簡単にできるかといわれそうですが、いやこれができないと社会存続の危機が訪れるわけでしょう。 日本の少子化だって、従業員を過度に働かせ、家族をズタズタに引き裂く企業ののさばりを政府がコントロールできないところにあるわけですから。 うちの弟だって毎日12時とかですよ、帰るの。 それを毎日やらされて、挙げ句のはてに海外に単身赴任で、さあ子供をつくってくださいなんていえないでしょう–

と話がそれました。 僕は幸いなことに身近に非常に優秀な女性が大勢いるんですが、皆家庭と生き甲斐の狭間で苦労しているので男である僕はいつも応援してあげたいような、申し訳ないような気持ちでいっぱいになります。 うちの妻はたまたま専業主婦になることを選択しましたが、彼女がキャリアウーマンになるつもりでしたら僕は喜んで専業主夫になっていたでしょう。

男の仕事にしたって、日本ではまだ尊重されすぎてるような気がします。 生き甲斐を感じていて「自分はこれをするために生まれて来た!」というような大事なことをやっているのならまだしも、仕事の大部分は人類を発展させるとか、社会に貢献するとか、人生の本質からかけ離れたくだらないゲームばかりです。 それはそれでつらい世界なんですけど、でも子育てとどちらが大事でどちらが大変かといったらそれは勝負になりません。

僕は音楽を創るときも、現実の暗いところや逆境から生まれる話や感情に焦点を置くことが多いんですが、努めて中性的な歌詞にしようと心がけています。 僕は男なんですが直感的で感情で動く人間として女性とも通じるところが多いですし、スポンジのようにどこにいても周りの人の心の痛みとかを吸い上げる性質があるので、世界中どこへいっても苦しんでいる女性は多くいるのでそこから創る力をもらってるところも多々あります。 歌詞を和訳するときも、やはり歌い手が男なので主語がオレとか僕になってしまうんですが、そうするのにかなり抵抗がありました。 英語のように中立の”I”のままでできたらいいのに、と思います。

とにかく女性の皆さん、頑張って下さい。

今日ついにCDができてきました。

嬉しいといえば嬉しいですが、あれだけ頑張って創ったものが、いわゆる他と同じの、薄っぺらなディスクになってしまったかと思うと何となく頼りない気分になりました。 本当に価値のあるものができたんだろうか、と思ってしまいます。 そう願いたいですが、決定権は自分にないものですから、信じて世界に送り出すだけですね。 もうすぐです。