Archive for 10 月 30th, 2007

土曜日は珍しく気が滅入ってしまって、どんよりとしていました。 こんなに落ち込んだのはレコーディングが終わって以来初めてです。

別に特にひどいことが起きたという訳ではないんですが、小さなことが内側に積もっていって、遅かれ早かれ洪水に。 で、ひとしきり流れ出た後また平常に戻るんです。 というか僕はそういうやつならしくて、これまでずっとそうでしたし、これはこれからもそうだと思います。

僕は別に親から虐待を受けたわけでもないし、友達もいつもいたし、別に悲劇的な環境に育ったということは決してないんですが、それでも思春期にはかなり暗い時期もありました。 特に覚えているのが高3のとき、ブラジルで一人暮らししていたんですが、僕は独りになるといつも感情の制御ができないものですからあの時のどん底は人生の中でも一番深い部類に入ると思います。 時には刃物の近くにいくのを避けるほどでした。 発作的に何かしてしまいそうで。

そのせいか何か知らないんですが、いつも惹かれるのは暗い曲。いや、別に暗くなくてはいけないということは決してないんですが、でも怒りとか悲しみとか日常生活の中であまり表現することのない感情で共感してしまうともう強烈にその音楽にのめり込んでしまいます。 安易な問題解決や希望のない、ただただつらい現実を描写するような歌。 自分が一番創りたかったのも、そういう音楽なんですね。

そしてその動機の底にあるのが、やっぱり日本から生まれて来た自分の土壌があるんだと思います。 日本人は悲劇好きだという話は前にもしたかと思いますが、それにしてもそれを見事に体現している今の日本。

自殺大国の日本なんて今更驚きでも何でもないですが、しかしそれにしても毎日100人が成功(未遂の人も数えるともっと)するという日常に慣れてしまった我々はどうしてしまったんでしょう? 日本語は本質を回り道でしか表現できない言葉だし、我々の人間関係もそうなりがちだけど、しかしあんなに狭いところに、お互い身を寄せ合いながら生きているのに、どうしてこんなことになってしまったんでしょう?

僕は昔から感受性が強いと親から言われ続けて育ったんですが、実際他人の感情を自分も感じるという傾向は人一倍強いようです。 別に注意してみてるわけでもないと思うんですけど、側にいる人、家族から赤の他人まで、ちょっとした動作が発信するその秘められた感情をキャッチしてしまうみたいです。 それは他人の気持ちがわかるといえば格好いいですが、時には苦痛以外の何者でもありません。 僕だって答えや癒しをもたらせるわけではないんです。 だったら一緒になって惨めになってないで、せめて自分だけでも元気にやってた方が、世界にとっても悲惨な人が一人減る方がいいんじゃないかと思うんですけど。

でもそういう人間だから、人との距離には気を使います。 また逆に一旦相手を気にかけてしまうと、おせっかいなくらいまで気にかけてしまいます。 僕が本当に優しい人間だからではなくて、単なる自己防衛、要するにその人の痛みを感じたくないからなんです。

そういうわけで、基本的には全然不幸せでない今となっても、僕はまだまだ暗い音楽に惹かれるし、それを創りたいと思うんです。 自分の傷の話ではないですし、手持ちの曲のどれも自分の話ではないんです。 人の話、友人でも、家族でも、ニュースで聞いた話でもいいんですけど、他の人のつらい現実、そこから貰う僕の感情。 そういうものを発散させるというか表現する必要にかられて、こんな音楽を創っています。 世界を救えるわけでもないし、他の人だって本当は助けてあげる力は持っていないんです。 でも光の見えない暗い現実も、それを見つめているのが自分一人じゃない、誰かわかってくれる人がいる。 それを実感したとき、それがその日その日を生き延びる力になってくれたら···

そんな願いをこめてこの音楽をやっています。