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さて、アルバムのレコーディングが終わってからやっぱり気が抜けたのか、しばらく何もする気がおきない時間を過ごしています。 いや、やることはいっぱいあるんですし、色々やってますけど、でも何も楽しくないし、やりたいこともない。 前には興味のあった楽器とか機材にも興味ゼロ。 ギターももう2ヶ月ほど触ってないですし、前はなにか練習しなくては、という脅迫観念みたいなものがあったんですけどそれも皆無。 映画も音楽も何も面白くない。 いい意味でいえばリラックスしてるんですけど、悪い意味では生きる意欲というか、何を楽しみにすればいいんだかわからない。 こんなに力の抜けた体験は初めてなので、なんか戸惑ってました。

ここんとこついに思い当たったんですが、やっぱり自分の音楽を創るという全身全霊使い切らなくてはいけない作業、自分の能力以上のものを引き出さなくてはいけなかった課題というものに巡り会ったんで、たぶん他のことがつまらなくみえるんだということなんではと。

というのも、ここ1、2週間ほど何がもんもんと頭の中に浮かび上がってくるか、というと、実はもう次回作の音楽がじゃんじゃん流れてるんですね、これが。 もともと手持ち20曲くらいある中から今回できる曲を10曲選んでアルバムに、という経緯でできているわけなんですが、始める前はいきなりダブルアルバムにしちゃおうか、と思ったことがあるわけで–しなくてよかった–入らなかった曲が悪いというわけでは全くないんです。

もうヒーヒーいいながら一枚創って、でもそれがまだ出てないうちにはまた音楽創ることしか考えてないんだからこれはもう治らないですね。–笑– しかも数日前それとは別に、もっと構想のでかいコンセプトアルバムのアイデアを思いついてしまったんですが、もう興奮してしまってそれ以来そのことばかり考えているんです。–笑– 外部からのインプットなしで、勝手に一人で冷めたり熱くなったりしてるんだからはたからみたら滑稽でしょうね。

でもまあこれでいいんだと思います。 自分の生き甲斐が何かはもう疑う余地がありません。 生きる力とは与えられるものではなくて、中から泉のように湧いて出て来るものなんです。 これのおかげで生きることができるんだと思います。 でないと何をして生きていけばいいのかわからないですからね。

僕の友人で映画業界へ進出しようと夢見ていた人がいます。 その人は現在では断念というかその夢を追求していないんですけど、一つ言っていたことに印象に残ったのか、「私は脚本家としても監督としてもすぐれた技術を持っているが、でも自分でこれだけは自分が世界に発表しなければという話には巡り会わなかった」という言葉です。

ここのところで多くのアーティストは勘違いしてるような気がします。 ロックスターになりたいとか、映画監督になりたいとか、そういうステータス的、何かになりたい、それになることによって自分の存在を肯定するといでもいうような理由の方が先行してるんですね。 僕も長いことそうでした。 音楽を創るということでなくて、音楽を創る人になるのが目的になってしまうと、これが似てるようで実はかなり違ってきてしまうんです。 後者が夢の場合はかなり小手先であれやこれやと操作して、こう人生を何か自分の手で操ろうとしなければならないような気がするんです。 この仕事はやった方がキャリアのためになるかな、とか、この人を味方につけておくとあとで役に立つかな、とか、言葉にして暴露してしまうと何だか利己主義で他人を自分の目的のために利用するような、嫌な感じに聞こえてしまうんですね。

僕もここまで10年以上、そうやってやってきました。 でも結果としてはボコボコに凹まされたという感じ。 やることなすこと全てうまくいかないんです。 いや、それなりに実績を積んできましたけど、ちょっといくとすぐ行き詰まってしまう。 才能がないんだろうかとかやり方が悪いんだろうかとかもちろん心を悩ませました。 でも回答は見えてくるどころか、さっぱりわからないまま。

今回このアルバムをリリースするにいたっては、もうキャリアとしての音楽は考えずに、とにかく原点に戻って自分のやりたかった音楽をやろうじゃないか、というようなところから始まりました。 前にも書きましたように、この音楽をやらないで死んだら後悔するというのもここ数年わかってきましたし。

で、やってみてわかったのはやっぱり自分はこの曲たちを世界に飛び立たせてあげるという使命があったんだな、ということ。 それが自分の人生の一番の使命かどうかはまだ人生終わってないのでどうにも判断がつきようにありませんが、それでもこれが自分が生きていてやらなくてはいけないことの一部だったということは確信がもてたんですね。 変な話ですが、僕は曲というのは神からもらう贈り物のようなものと考えているんです。 で、もらって嬉しいものでもあるんですけど、でもそれには実は責任がついてくる。 せっかくもらった素晴らしい (と自分には思える) 曲たちを、自分の頭の中だけにしまっておいてはいけない、ということですね。 その上、もちろん世界に発表するにはそれなりにある程度以上「うまく」やらないと曲の持つ可能性というものが全く聞く側に伝わらないわけですから、ただやればいいというものでもないわけです。

誰にも頼まれたわけでもない、自分の中での使命感と責任感だけをモチベーションとした音楽。 これを実行に移すことがなかなかできなかったのは、僕が逃げていたからでもあります。 しまっておくことにより思い入れだけが拡大したこの音楽を冷たい世界にさらしものにするのはつらいものもありますし、何より実際にやってみて自分の頭の中でイメージしていたレベルに達しないという現実にあうかもしれない、そこが一番恐かった。 実際できてしまうと実は大したことなかったということにはなりなくなかったんです。 曲自体が大したことなかったのか、自分の演奏技術が合格点以下で曲を損なってしまったのか、どちらししても。

だからレコーディング中もその恐怖ととなりあわせのプロセスで、楽しくないことはなかったんですけど薄氷を踏むようなところも多くあり、多いに追い込まれた気分を味わいました。

で、できたものは今の自分の持てる能力を最大限(以上)につぎ込んだ、正に限界のところまで突き詰めたものになりました。 でも実は自分ではこれでいいものなのかまだいまいち判断つかないんです(苦笑)、とにかく自分ではもう限界(以上)のところまでいっているのでここでもうあきらめるしかない、というところまでいっているというとこだけは確信が持てるんですね。(笑) 完璧とか、理想とかいうレベルにはもちろんほど遠いんです。 (笑) でも精一杯頑張ったんだから、例え結果がついてこなくても後で自分で自分を許せるようになるだろうとは思うんですが。 (笑) ここでいう「結果」とはどれだけの人に気に入ってもらえるとか、どれだけのアルバムが売れるか、とかそういうとこも絡んではくるんですが、基本的には何年もたって振り返ったときに、自分で誇りをもってこの音楽をとらえられるか、という点なんですが。

マスタリングもようやく終わり、とりあえずこの一組の曲たちを発表するようになるまであともう少し。 今を生きている人間としての最低限の責任として、これだけは世界に発したかったという僕のメッセージなんですが、それがいったいどういう内容なのか、それは音楽を聴いて貰って判断してもらいたいと思います。 この10曲と、その続編になる次のアルバムとを合わせて初めて全貌が見えるようになってるので、最終的な結論はまだ先になりますが。

とにかくこの音楽は僕が全身全霊かけて訴えるもの。 それを発表するまで、あと少しになりました。

いつも誤解されてるような気がするんですけど。

我々ミュージシャンは音楽をやりたいからやるんではなくて、やらなくてはいけないからやるんですね。

そうでなければやってられないです。 こんな難しいこと。

僕はそんなに多才でもないんですけど、他にももっと簡単にうまくできることはたくさんあるんです。 いや、音楽ほど大変なことはないと思います。 音楽とはいつも格闘していて、ボコボコに凹まされることもしょっちゅうです。 「楽しい」かといえば楽しくないということはないんですが、楽しいという言葉ではちょっと軽薄すぎるような気がします。 充実してるといった方がいいかもしれません。

人生で本当に意味があることって、大変なことばかりなような気がします。 大変だから意味があるのかもしれません。 結婚しかり、子育てしかり、芸術、スポーツなど。 どれもうまくやろうと思ったらべらぼうに大変です。

でも難しいからこそやりがいがあるんだと思います。 全身全霊かけて挑戦してもできるかどうかわからないことだからこそ挑戦するんだと思います。 それで失敗してもいいんです。 人生ってのは目的を達成することが意義あるんではなくて、渾身の力をこめて挑戦することが意義あるんだと思います。 ですから、挑戦した段階で、実は我々には「失敗」という結果はなくなるんですね。 例え望んでいた結果が出なくても、悔いは残らないですし、死ぬ時に「あれはやり残した」と悔やむことにはならないと思います。

でもその挑戦するところ、自分の命を賭けるところは人によって様々です。 それを見つけられた僕は幸せなんだと思います。

日本の皆さん、こんにちは。 ariです。

このブログにアクセスして頂いて嬉しいです。 僕は東京生まれなんですが、少年時代をブラジルで、青年から大人の今まで全てアメリカで過ごしてきました。 小さい頃から音楽は好きだったんですが、中学生で英語のロック音楽に出会い、16歳のときにギターを手にしてからは音楽にとりつかれてしまった人間です。

僕は別に悲劇的な環境に育ったわけではありません。 が、人並みに苦労もしてきました。 つらいとき、がっかりしたとき、落ち込んでいたとき、支えてくれたのが音楽でした。 そして、僕もそうやってエンターテイメントというものを超えた、他の人の心の支えになれるような音楽を創りたいと夢みてきました。 安易にアドバイスしたりするんではなく、暗くてつらいときをまっすぐに見つめて、共に一緒に受け止めてくれるような音楽。

色々紆余曲折ありまして、このデビューアルバムを完成させる現時点ではもう30代になってしまいました。 僕としてもこの音楽は一番やりたかった音楽であり、でも一番やるのが恐かった音楽でもあります。 この音楽に取り組んで、それで自分が駄目だと実感したら、自分の存在意義が問われるような気がしたものですから。 プロジェクト名に番号「9」をつけたのも、これがある意味最後というか、「これが駄目だったらもう後がない」というような意味があったからです。

ありがたいことに、アルバムは納得のいくものになりました。 ファーストアルバムでは話の前半しかカバーできませんでしたが、とりあえず自分で納得いくものが創れるという確信ができてホッとしているというのが正直の今の心境です。 今後プロモーション、そして何らかの活動の継続ということに出来る限りの範囲で取り組んでいきますが、最終的にはこの音楽の存在価値に見合った成果が表れるだろうと考えています。 それが大勢の人に楽しんでもらうということなのか、数人の方の魂の共にしてもらうということなのか、それはわかりませんし、僕には決定する権利のないものです。 僕の仕事はこの音楽を創って世界に送り出すこと。 その第一段階の達成が見込める今、自分で定義した「成功」を達成できたことに満足を感じています。

とまあ色々書きましたし、これからも長々と色々あると思いますが、ただのロックミュージックなので、どんな形でもとにかく楽しんで聴いて頂けたら嬉しいです。