Archive for the 世界 Category

今日は娘と神経衰弱していました。 で、ふと気付いたんですが、神経衰弱の進行って、人生と本当に同じなんです。

最初はカードがどこにあるのかわからないので闇雲にカードを開くでしょう。 最初の数回はそれで無駄足なことがほとんどなはず。 でも結果は出てないけど決して無駄ではないんです。 この序盤戦。 そうやってやっているうちにある時、見たことのあるカードに出会います。 そしてその後だんだん場所がわかるようになってきて、とれるペアも頻度と速度が上がってきます。 そして最後の方ではもう1回で何ペアもとれるようになり、終わりの方はもう怒濤の進行。 そしてフィニッシュ!

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MySpaceの洋楽のコミュで、「ちょっぴりマイナーだけどいい」という言い回しのトピックがありました。

「マイナーだけど」というところに日本の文化が如実に出ていると思い、思わずちょっと苦笑い。

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情報過多の現在、他との競争に勝つためには刺激を強くしなければいけません。 過激な暴力、どぎつい性描写、極端な性格。

でもこれってすぐ疲れてしまいますよね。 どんなに強い刺激でもそればかりだと強く感じなくなってしまいます。 その状態になった人間はもっと強い刺激を求めるか、それとも逆方向にいって静寂を求めるか。

グーグルの成功の秘訣はここにあるんではないかと僕は思うんですね。 ヤフーと比べてあまりにもシンプルで、奥は深いんだけど一度にそれを主張しない。

年がら年中叫んでいるより、ずっと黙っていて最後にポツリとつぶやいた方が聞いてもらえることがある。

今の時代の課題ってこんなところにあるんではないかと思ってしまいます。

ある本で読んだんですけど、日本語を習っている人口って世界中で増えているようです。

それがなぜなのか妻と二人で考えてみたんですけど、少なくともアメリカではやっぱり日本の輸出するものの影響が大きいと思います。 電化製品と自動車は日本の強さで知られるところですが、最近では大きいのはゲーム、アニメ、漫画。

こっちでもドラゴンボールとかポケモンとか大ヒットしてるんですけど、今や朝の子供の時間帯にながれているカルトューン–こっちでいうアニメのこと–の半分くらいが日本のの焼き回し。 こっちでは声優業がまだ俳優業の下っ端という位置づけなので演技がひどくて見るに耐えないですけど。

でも漫画ももうかなり普及していて、どこの本屋でも漫画–いわゆるアメコミとは扱いが違う–コーナーがありますし、ネット上ではまだ出版されていない漫画、アニメ、ゲームを素人が訳したやつが氾濫しています。

でもこれって考えてみるとすごいことです。 ゲーム、アニメ、漫画、どれも10代の若者に受けるメディアですよ。 この年齢の人たちに日本からの商品がこれほどまでに受け入れられているということは、この人たちが大人になった時にどんなインパクトを持つのか、はっきりいって想像もつきません。

逆に残念なことは、特にアニメや漫画に関してはこっちでまず出るのは暴力とかのきついゲテモノで、いわゆるこっちの日本へのステレオタイプを肯定してやるようなものばかり。侍とか忍者とか巨乳の女の子とか。 宮崎さんのアニメは受け入れられましたがその他の深みのある作品はなかなか来ないです。

これは政府も国をあげて奨励すべき流れだと思います。 日本のこの産業をサポートし、また本当に良い作品が出て行くのを助けるような姿勢。 具体的にそういう政策ですれば、というところまではまだ考えてないですが。–笑–

残念ながら音楽はこれに入ってないです。 クラシックやジャズ畑では日本人も認められているものの、ポピュラーでは全然駄目。 でも野球だって昔は日本は二流と見られていたのに最近では毎年日本人のいるチームがワールドシリーズに行っていますし、きっかけをつくる人はいるものです。

僕も日本に対してそういう貢献ができるといいな、と夢見ています

こっちで聞いた話ですけど、「赤ん坊は、羽がついていることを忘れてしまった天使」なんですって。

うちの子供たちを見ていると、本当にそうだな、と思います。 赤ん坊って本当にすごい。 無限の可能性が秘められているんです。 好奇心旺盛で、スポンジみたいに情報を吸収して、みるみるうちに大きくなっていく。

人間は、誰でも最初はこうだったんですよね。 無垢で、雲一つない深い空のような目をして、誰かに全てを委ねて、そうやって大きくなってきたんです。

なのに、小さな子供にひどいことをする人がいる。 病んでいるのか、怒っているのか知らないですけど、この未来のいっぱい詰まった小さな箱を踏みつぶしてしまう人。 自分も最初は同じだったのに、自分も実は羽がついていたのに、もう跡形もなく忘れてしまって、自分は最初からそうだったかのようにふるまって。

羽があることを忘れてしまうのはすごく悲しいことです。 でもみんなどうやって飛ぶのか思い出そうとしながら生きている。 もう完全にあの頃に戻るのは不可能だとわかっていても、希望を捨てないで。 一人ではできないから、支え合いながら。

この人たちは、本当にいいこの記憶を、手の届かない心の底にしまいこんでしまったんでしょうね。 それでそのつらい状態が普通なもんだから、他の人にもそれを普通の現実としてほしいんです。 一人では耐えられないから。

でもどんなにその上に醜いものを積み上げてしまった人でも、一度持っていたものは本当はなくならないんです。 僕も信じられないような回復をした人を知っています。 つらくて悲しいプロセスだったけど、でも醜いものを全部掘り出して、下に埋めてしまった宝物を見つけたんです。

もう赤ん坊には戻れないし、可能性も無限という状態には戻せないかもしれない。 でも羽を持っているということは、きっと思い出せるはず。 みんな最初はそうだったんだから。

そんな希望を大事にしながら生きていきたいです。

男の一員として言いたいことがあります。

ゴメンナサイ。

世界には男か女かしかいないのに、違いもこれだけ長いことやってればわかるはずなのに、命を育んで産むという大変で大事な役割を果たしてもらってるのに、なんで歴史は男尊女卑で覆われているんだろうと思います。 世界中そうです。

男って本当に弱いんだな、と考えてしまいます。 こんな風に自分たちだけ都合のいい体制作っておくなんて本当に自信がない証拠です。

なんで今こんなこと書いてるかって– いや、自称フェミニストの母に育てられた–たぶん男の子3人だったことへの恨みつらみもあったんでしょうけど–ことが一番大きいんだと思いますけど、とにかく今のきっかけは妻が図書館から借りて来た”Kickboxing Geisha”という本。 黒人ニューヨーカーの女性が書いた今起こりつつある日本での女性に関する社会的改革の話です。

日本は先進国なくせに女性の社会進出に関しては全く後進国なのは別に秘密でもなんでもありませんよね。 最近韓国人の男性と話す機会があったんですが、日本人の女性は男にとって理想的な妻であるという説を聞くが本当か、と聞かれました。 ちょっと呆れて返事に困ったんですが、確かにでも日本人は–女性でなくても–”Submissive”–従順的–なので、夫にとっては住み心地のいい妻に見えるんでしょう。 教養はあるので馬鹿ではないし。

日本人としての美徳は完全になくしてはいけないと思いますけど、でも日本でも女性が自分の可能性を最大限追求する生き方を追求できるようにならないといけませんよね。 その点アメリカはかなり進んでますけど、でもまだまだ改善できてないところも多いです。 ヨーロッパの一部なんかはもっと進んでいると聞きます。 要するに結婚すること、子供を産むこと、子供を育てることと社会的な貢献を両立させられる仕組みを社会全体が確立すればいいんです。 そんな簡単にできるかといわれそうですが、いやこれができないと社会存続の危機が訪れるわけでしょう。 日本の少子化だって、従業員を過度に働かせ、家族をズタズタに引き裂く企業ののさばりを政府がコントロールできないところにあるわけですから。 うちの弟だって毎日12時とかですよ、帰るの。 それを毎日やらされて、挙げ句のはてに海外に単身赴任で、さあ子供をつくってくださいなんていえないでしょう–

と話がそれました。 僕は幸いなことに身近に非常に優秀な女性が大勢いるんですが、皆家庭と生き甲斐の狭間で苦労しているので男である僕はいつも応援してあげたいような、申し訳ないような気持ちでいっぱいになります。 うちの妻はたまたま専業主婦になることを選択しましたが、彼女がキャリアウーマンになるつもりでしたら僕は喜んで専業主夫になっていたでしょう。

男の仕事にしたって、日本ではまだ尊重されすぎてるような気がします。 生き甲斐を感じていて「自分はこれをするために生まれて来た!」というような大事なことをやっているのならまだしも、仕事の大部分は人類を発展させるとか、社会に貢献するとか、人生の本質からかけ離れたくだらないゲームばかりです。 それはそれでつらい世界なんですけど、でも子育てとどちらが大事でどちらが大変かといったらそれは勝負になりません。

僕は音楽を創るときも、現実の暗いところや逆境から生まれる話や感情に焦点を置くことが多いんですが、努めて中性的な歌詞にしようと心がけています。 僕は男なんですが直感的で感情で動く人間として女性とも通じるところが多いですし、スポンジのようにどこにいても周りの人の心の痛みとかを吸い上げる性質があるので、世界中どこへいっても苦しんでいる女性は多くいるのでそこから創る力をもらってるところも多々あります。 歌詞を和訳するときも、やはり歌い手が男なので主語がオレとか僕になってしまうんですが、そうするのにかなり抵抗がありました。 英語のように中立の”I”のままでできたらいいのに、と思います。

とにかく女性の皆さん、頑張って下さい。