さて、前回の話の続きです。 名前の由来の話。

僕は大学で音楽を選考したんですが、親の意向もあって元からロックがやりたかったんですが、大学は総合大学の音楽科で主にクラシックの理論と作曲をかじったんですね。 で、それはそれなりに成功、というか成績は悪くなかったんですが、同期の仲間は皆学校の先生か大学院へ行くか、という感じだったんですけど僕は大学を出てせいせいした、という感じで–アメリカでは大学は出る方が大変なので–本格的にロックをやり始めたんです。

テキサス州オースティンへ引っ越してきてバンド始めたんですけど、それがやっぱり色々うまくいかない。 で、愛想つかして自分でアコギ一つ抱えてコーヒーハウス–日本でいう喫茶店と似ています–とか小さいところでギグしたんですけど、やっぱり歌がロックなのでアコギ一本でやってもちっとも良くないんですね。 というか曲の本性が発揮できないんです。 なのでそこからまた発展してリズム隊つれて3ピースでやり始めたんですけど、これもうまくいかなくて解体。

次にはサポートギタリストとして活動し始め、その他に採譜の仕事やコンピューターで音楽できるようセットアップしてあげるようなことも手がけ、その後映画作曲とデモのプロデュースを始めたんです。 この辺はバイオグラフィーに書いてある通りなんですが、要するにここまで自分が最初から本当にやりたかったこと以外の音楽のキャリアというか方向性は全部試しているんです。

で、満を持してというか最後まで逃げていたというか、ここにきてついに自分が最初から書き貯めていたロックの曲たちを、ライブではその可能性を発揮するようなメンツが維持できないのでレコーディングで今の自分にできる精一杯のことをしてやろうということになりました。 二児の父親になり、「昼間の仕事」もそれなりにしっかりした会社員やらなくてはいけなくなったというのも関連しています。 今後音楽活動に専念する時間は本当に限られてしまうけど、どんなに細々とでもいいから自分の生き甲斐を追求したいという念ですね。

去年亡くなった父が前から「人生とは死ぬ瞬間への準備のプロセスである」というようなことを教えてくれたんですが、それは決して暗い切羽詰まった話でなくて、要するに人生のクライマックスであるその旅立ちの時に際して、やり残したことがないように生きろ、ということだったんです。 で、僕の中でやはり残っていたのは長年頭の中で延々と流れていたこの曲たちを世間に出してやらなければ、ということ。 予算も実力も些細なものなんだけど、今の自分の全てをつぎ込んでこの曲たちに日の目を見させてあげよう、と思ったわけです。

なので番号「9」はある意味自分の最後の挑戦、一番最後まで大事にとっておいたもの、隠していたものを賭ける、という意味合いでつけました。

というわけで実はAriesよりも9の方に大きな意味があったんですね。 はっきりいって9の前は何でもよかったんです(笑)

あ、でも最後の挑戦とはいってもこのアルバムが最初で最後になるということではないです。 今まで色々やっていた中、最後、真打ちの登場、という感じですね。(笑) 一枚目は手持ちの曲の半分しか入らなかったわけですし、Aries9はやっぱり僕が生き甲斐と感じている音楽ですから、もうやる必要がなくなる日まで続けたいと思います。

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